【ダイジェスト版】 語りつぎたい黒部人 vol.5 佐々木 大樹(ささき たいじゅ)

[更新日:2011年02月16日]

佐々木 大樹(1889-1978)
佐々木 大樹(1889-1978)

祈りの彫刻家― 平和への思いを彫刻に託す ― 佐々木 大樹

■彫刻家への道

 

佐々木大樹は明治22年(1889)、音沢村に生まれました。幼い頃から絵画や、彫刻が好きで、また黒部川の流木を拾い集めることを楽しみとしていました。この木との出会いが、後の木彫へとつながっていくことになりました。

 

明治41年、東京美術学校(現在の東京藝術大学)へ進学した大樹は、竹内久一と高村光雲という偉大な教授から近代彫刻の精神とあり方を学び、ひたむきに制作に取り組みました。

 

 

■新たなる木彫を求めて

 

美術学校を卒業する頃になると、大樹は自分の作品に物足りなさを覚えるようになりました。当時の彫刻界は、西洋から伝わった彫刻をまねるのが主であったため、大樹はいかに独自の彫刻を生み出すか、悩み苦しみました。

 

そんな折、大樹は鎌倉時代の仏像の力強さと美しさに心を打たれ、自分の進むべき方向を確信し、仏像彫刻の精神に現代性を合わせもった独自の彫刻を制作してきました。

 

 

■美の求道者

 

大樹は、昭和9年(1934)帝国美術学校(現在の武蔵野美術大学)の教授として後進の指導、育成にあたりました。

展覧会で輝かしい実績を残し、大学の教授になっても、常に控えめで慎ましく、彫刻の制作に打ち込み続けました。そんな中、大樹には「ふるさとに、大観音像を作って恩返しをしたい。」という夢がありました。この夢は昭和50年、壮大なプロジェクトとしてスタートし、当初は音沢に建立予定でしたが、地盤に問題があったため、黒部川を見渡せる大原山に建立されることになりました。

 

まず原型が完成し、中間像作製の後、実際の大きさまで引き伸ばす作業へ進もうとした昭和53年11月8日、大樹は帰らぬ人となりました。

 大樹の夢は、彫刻家であり息子の日出雄に引き継がれ、昭和57年に完成しました。その「平和の像」は、右手を高く天にかざし、深い愛情に満ちたまなざしで、悠久の黒部川の流れと人々の姿を見つめています。そこには大樹の、人類の平和と故郷への思いが託されています。

 

 


西 暦 年 齢 項 目
1889   音沢村に生まれる
1904 15 富山県立工芸学校(現在の高岡工芸高等学校)土木科彫刻部本科に入学する
1908 19 東京美術学校(現在の東京藝術大学)彫刻科本科木彫部に入学する
1920 31 第2回帝展で「誕生の頃」が初入選、特選となる
1928 39 第9回帝展で「紫津久」が帝展美術院賞を受賞する
1935 46 多摩帝国美術学校(現在の武蔵野美術大学)教授となる
1958 69 日展評議員となる
1971 82 宇奈月町名誉町民となる
1978 88 逝去

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